いつも気になる情報を調べに公官庁のHPに行くと思うことなんだけど、なんでこういう情報は伝えられないんだろうか。
例えば、栄養摂取量の水準ね。これ2010年に改訂されてるけどだれか知ってますか?
国民の健康に関わる重要事項なのに、自分から調べに行かない限り気づかないですね。
受け身の人にも伝えるべき情報はある!
これができるのはだれか?
マスコミでしょう
ぼーっとテレビを見ているだけでもニュースの情報は入ってくる
そもそも既存のマスコミ陣の集客力はすごいんだから、そういうとこで大事な情報流して欲しいよね。視聴率には繋がらないかもしれないけど、国民の利益につながることなんだから扱いなさい。
大前商店←ストレスの多い方に
2012年01月23日
顕在意識はスクリーンにすぎない
顕在意識は脳が様々な情報を統合処理するために一時的に映し出すスクリーンにすぎない。
脳をパソコンと操作する人に例えると、パソコン本体が潜在意識、モニターとスピーカーが顕在意識、操作者が潜在意識。
例えば視覚情報。光刺激を目で感じ、脳で処理するが、視覚情報の処理だけなら映像として映し出す必要はないように思える。動画の形式変換する際に映像を映し出す必要が無い様に。
同じように、聴覚刺激、味覚、嗅覚、触覚もわざわざ音、味、匂い、痛さ、温感などとして感じる必要はない。
じゃあなんで刺激をスクリーンに映し出すのか。
パソコンに操作する人が必要なように、脳にも受けた刺激の情報を統合して状況を判断し指令を出す部位があって、そこが刺激を統合するために一度映像、音、匂い、味などとして映し出しているのではなかろうか。
ちなみに「〜しよう」という思考もスクリーンに映し出されたものにすぎない。例えば指を動かそうと思う。しかし、思う前に指の筋肉には電位の変化が起こって動く準備ができていることが明らかになっている。
自分(顕在意識)が考えていると思っていることも実は潜在意識の情報処理の結果の投影。思考という形でスクリーンに映されている。
顕在意識は、外部刺激と潜在意識の指示を映し出したスクリーンにすぎない。
視力は失ったが、物の動きがわかったり、自転車に乗れたりする盲視というのがあるが、これは視覚情報は入ってきているが、映像化する段階に障害があって、映像が見えない。しかし、視覚情報は無意識で処理されているとするとありえる話になる。この場合、盲視の人は映像化無しで視覚情報も含めて情報を処理できる能力があるということになる。さすがに文字を読んだりはできないだろうが。
なぜわざわざ一度スクリーンに映し出すのだろう。
脳をパソコンと操作する人に例えると、パソコン本体が潜在意識、モニターとスピーカーが顕在意識、操作者が潜在意識。
例えば視覚情報。光刺激を目で感じ、脳で処理するが、視覚情報の処理だけなら映像として映し出す必要はないように思える。動画の形式変換する際に映像を映し出す必要が無い様に。
同じように、聴覚刺激、味覚、嗅覚、触覚もわざわざ音、味、匂い、痛さ、温感などとして感じる必要はない。
じゃあなんで刺激をスクリーンに映し出すのか。
パソコンに操作する人が必要なように、脳にも受けた刺激の情報を統合して状況を判断し指令を出す部位があって、そこが刺激を統合するために一度映像、音、匂い、味などとして映し出しているのではなかろうか。
ちなみに「〜しよう」という思考もスクリーンに映し出されたものにすぎない。例えば指を動かそうと思う。しかし、思う前に指の筋肉には電位の変化が起こって動く準備ができていることが明らかになっている。
自分(顕在意識)が考えていると思っていることも実は潜在意識の情報処理の結果の投影。思考という形でスクリーンに映されている。
顕在意識は、外部刺激と潜在意識の指示を映し出したスクリーンにすぎない。
視力は失ったが、物の動きがわかったり、自転車に乗れたりする盲視というのがあるが、これは視覚情報は入ってきているが、映像化する段階に障害があって、映像が見えない。しかし、視覚情報は無意識で処理されているとするとありえる話になる。この場合、盲視の人は映像化無しで視覚情報も含めて情報を処理できる能力があるということになる。さすがに文字を読んだりはできないだろうが。
なぜわざわざ一度スクリーンに映し出すのだろう。


姪のけつ