2017年07月15日

ISO 9001:2015は現場に合わせて運用してください?

今までのISOは認証取得のためだけに、無駄にISOの仕組みだけを作る所が多いことが問題であった。ということで2015年度版は現場のシステムに組み込みやすいようにしました!ってなってるけど、これは罠な。
現場での実際の運用が前提になったわけ。ということは、リスクマネジメントやらプロセスのインプット、アウトプットやらより細かに要求してくることも実際に運用していないと認証取得できないということですよ。要求事項側を解釈改憲して現場に適用させるということは、難しい。審査機関が柔軟に対応できる気がしない。むしろ、柔軟に対応する気も無いだろう。結局無理をして現場側をISOに合わせてねじ曲げるしかない。膨大な記録、文章を作って作業性を大幅に損ねることになる。
難しい、ややこしい仕組みにする事で認証取得を難しくする、審査機関並びにISO制定機関の権威が高まる。
審査員様!ってなるよね。
posted by 大前伍長 at 14:27 | ハノイ ☁ | Comment(0) | TrackBack(0) | 考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月14日

commitment, responsibility とaccountability

JIS 9001:2015でcommitmentはコミットメント、responsibilityは責任、accountabilityは説明責任と訳されている。コミットメントなんて概念が日本語にはないと思うが、ビジネス用語としては定着しているということか。実際どういう意味なの?と聞かれて答えられますか?答えられないからコミットメントと訳したのかなあ。日本語の辞書をひくと責任とか約束と書いてあり、怪しげなISOコンサルタントは責任と説明したが、それならわざわざresponsibilityと並べて使われている意味がなくなってしまう。責任と訳したのでは文章がおかしくなってしまう。
そこで英語辞典で調べると、
1. a promise to do something
2. the willingness to give a lot of time and energy to something
と書いてある。1は約束で良いかと思う。2は時間と労力をかけて何かをやる意欲。どこかのサイトにcommitmentは決意だと書いてあったが、その通りな気がする。決意、決心がしっくりくる。責任という訳ははおかしい。
あと、ISO 9001は工業書ですか?いいえ、経営書ですね。
posted by 大前伍長 at 16:33 | ハノイ ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月04日

長期戦略を立てて

日本の特徴だと思うのだが、何をするにしても長期的な視野で目標を持って進めると云うことができない。
政治にしてもそうで、科学技術と教育の振興がこの日本には必要不可欠でありということはわかっているとは思うのだが、どうしてもそっちの予算を削って目先の経済政策に重点をおいてしまう。
国民にも当然その責任はあるわけで、目先の利益を謳う政治家が選挙で勝つのは国民がそう望んでいるからである。
先の大戦においても日本は長期的な戦略をたてられず、行き当たりばったりの繰り返しで技術力、戦略、政治すべてにおいて混乱を来し、決定的な敗北を味わうことになる。
ちょっとやってみてすぐ結果が出なければ他のことをやってみて〜では初期投資の繰り返しで費用がかかる割に何も残らない。しかし、日本人はこれが得意なのである。

教育というのはなにも学校教育だけを指すのではない。企業の研修なども教育だ。然るに、破格(に安い)の給料しか出せないような中小企業が偉そうに経験者限定で募集をしている。そんなところに経験者が行きますか。未経験者を雇って自分で育てるという考えがないらしい。そもそも育て方がわかっていない。

中小企業が人材の確保をできずに事業を辞める例が増えてくるだろうね。
posted by 大前伍長 at 13:08 | ハノイ | Comment(0) | TrackBack(0) | 考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月13日

北と一時共謀するのもありかもとおもう。

南半島はますます反日色を強めてくるだろう。アメリカ側陣営の仲間という見方は全くできない。むしろ北、中共側への離反を押し進めているようだ。
韓国という国は仮想敵国を北朝鮮ではなくて日本としている。それに伴って軍備を整えているし、日本を国際的に陥れるために外交活動を展開している。

半島の統一となると、どちら側の勢力を主体にして統一するかで東西陣営の影響力が変わってくる。日本にとってどちらがいいですかね。とりあえずあいつらは一度折れる振りをして相手に妥協させたり援助させたりしてから約束を破るという詐欺行為を普通にやってのける国だということ。まだ南の方が米国の影響下にある分ブレーキをかけやすくはなっているが。


隣国なんだから仲良くしようよとこちらから手をさしのべるとえらそうな笑顔で手を握ってきて、なんやかんやしているうちに身ぐるみ剥がされているという状況になるだろう。


李承晩大統領時代、勝手に李承晩ラインという物を引き、勝手に竹島を韓国領とした。当時日本は連合国の占領下にあり、武力は一切保有していなかった。それをいいことに、対馬、九州を占領しようとして全軍を釜山に集めたところで北朝鮮に急襲されて、朝鮮戦争が始まっている。バカか。

もう一度同じ事してくれないかな。
posted by 大前伍長 at 10:45 | ハノイ ☔ | Comment(0) | TrackBack(0) | 考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月05日

人間に正義はない

自然界との関わり合い、生態系の一員に過ぎない人間が自ら正義を決めてほかのものを裁くことは正義ではない。

かつて欲望のままに多民族の土地を侵略し、残虐すら自らの正義を信じて行われたこともある。自分たちの文化が進んでいて自分たちが優秀で正しいので野蛮な民族は矯正してやらねばならないという理由のこともあっただろうし今も公然と行われているし、そもそも未開の人間は高貴な我々が利用してやろうということで勝手に所有者になって人を販売する。人というよりも牛馬、家畜の扱いである。しかもこういった差別や偏見の類も今なお続いているだろう。大東亜戦争時には今からは想像できないくらいの差別があった。日本人なんて猿扱いだ。

人間相手に十万人を越える死者を出すような攻撃ができますか。


差別をするものを裁こうとするものも差別者であり、差別する根底には自分が正しい、正義なのだという考えがある。


ここに書いたことも正しくはないだろう。

ただ、自然の法則、法則といっても物理学やら数学で解明できるような規模のものではなくて、もうそれはそれは数え切れない莫大な要因が絡み合って作り出していると思われるその潜在的な意志は人間の言語で語り尽くせるようなものでは無いことでしょう。人智を越えた、神のみぞ知る。そういう領域。小賢しい人間の正誤判断なんてなんともまあちっぽけなものかと思います。それこそ、海底の砂一粒をさらに何兆個に分割してさらにその一粒を何兆個に分割したその一粒、それくらいの大きさしかない。

抗おうとしたところで到底抗えるものではないし、人間という生き物が誕生して言葉を使い火を使い道具を使い原子力まで使い殺し合い自らの住処を汚染してというのも自然の流れの一つだろう。川に流れる水の一つの分子のなかの一つの電子がちょっと隣の電子から力を受けて軌道が変わっただけ。川の流れから見ればなんの変わりもない。
posted by 大前伍長 at 18:46 | ハノイ ☀ | Comment(0) | TrackBack(0) | 考察 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする